by 
N. Hirakawa 

アメリカ放浪編 その2

今回は、「柔道で落とす話」を一つ。

テキサスで大きなアメリカ人達を相手に柔道をしなければならなくなって、私の柔道は変わりました。

日本にいたときの得意技は、内股、跳ね腰、大外刈りといった体を利した大技でした。足払い、大内刈りは得意技につなげる為の連絡わざといった感じで使っていました。寝技でも、上四方固め、横四方固めと上体を中心に押さえる技でした。
が、さすがに体が大きく、足が長く、腕力の強いアメリカ人相手に、これまでの技だけで勝つのは難しく、大いに体力を消耗するのに気付いていました。そこで、立ち技は背負い投げ、体落としを、寝技は絞め技を組み合わせていくことにしました。

特に寝技では白人、特にヨーロッパで練習したことのあるヤツは、関節技を得意にしているヤツが多い。
これはかつての中量級の世界チャンピオン、腕拉ぎ十字固めを得意としていたイギリスのアダムスの影響が大きいと思うけど、彼らの身のこなしの良さ、背筋の強さ、腕力の強さが中途半端に入った関節技も参ったに持っていける。
実際、私も何度か肘の筋を伸ばされてしまいました。(手加減せいっちゅーのに)

ただ、絞め技に関しては、逆にその腕力に頼ってしまい、ぐいぐい締め付けるだけで、なかなか綺麗に決められるヤツがいないのに気付きました。
(ちなみに 参ったと言え!とは Say uncle!といいます。アメリカ人はおじさんに助けを求めるのだろうか?)

練習の時に、ちょっと本気で絞めてみたところ、ものの見事に落とすことができました。

それまで、上になって攻めていたと思っていた大男が、いつのまにかぐったりして、下からごそごそと私が這い出してきたのを見た周りの連中は、
Oh My Go~d!! Holy Shit! と大騒ぎ、
目の前で気絶した人間を見るのは初めてのヤツも多く、それ以来、私は彼らから大変に恐れられることになりました。
さらに えーいっ!と気合いを入れて(何も気合いは入れなくても良いんだけどパフォーマンスで)活を入れ、意気を吹き返したのを見たときは東洋の神秘に出会ったかのよう。
皆目を丸くしていました。

それからは、ただ寝技の時に襟を取っただけで参ったをする奴まで現れる始末。尤も、本当にうまくなってくると、襟を取られただけで息が詰まる殺気があるけどね。
それでも時々は本気で落としてしまわないと絞める感覚が判らないので、参ったをできない状態にしておいて絞め落としてしまうこともありました。
皆ごめんね。
これって核を持っているだけじゃなく、実験までしないと気に入らないアメリカみたいかな?


ここで 皆も一緒に絞め技の練習をしてみましょう。

そうそう、今隣にいる人の衿を取って、自分の方から仰向けに倒れてみて下さい。
まず、上から覆い被さってくる相手を、背中を下にして正対して受けます。
左膝で相手の右腰を右の方へ押しながら、少しだけ自分の体を右に捻ります。
同時に、右足で相手の左膝を下に(尾側に)蹴ります。
すると相手は思わず左手を床についてしまい、右脇があきます。
そこで、自分の左腕で相手の右腕を小手投げふうに巻いて、できたら相手の左襟を取ります。こうなるともう相手は動けなくなってしまいましたね。
そしたら、自分の体を相手に寄せて、右手で順手(握手をするように)に、相手の右襟をできるだけ深く取ります。
そのまま自分の右手首をテコにして右肘を張るようにして絞めて下さい。
絞めるときは、自分の胸を相手の胸に寄せるように肘を大きく張るのがコツです。

ほらもう相手の人は落ちてしまったでしょう。
ただ、活を入れるのはちょっと難しいから気をつけて下さい。

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ついでに「落とす」ことに関する一連のスレッドを紹介しましょう。

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柔道で落ちる時は、窒息するのではなく、頚動脈圧受容体に対して急激に負荷をかけ、急性一過性脳虚血状態を作るわけです。
このため、ふわ~っとして気持ちよくなり、お漏らしをする者もいます。

しかし、下手なヤツが絞め技をかけると、相手の気管軟骨を潰さんばかりに絞め上げ、絞められる方はよだれを垂らしながら真っ赤な顔をしていかにも苦しそうで、見ている方も顔がひきつり、寒気が走ります。

私自身も、テキサスのコーパスクリスティーで行われた、テキサス南部柔道大会無差別級に出場したとき、その前夜のパーティーでいつものように酔っぱらってステージに駆け上り、
「俺は日本男児だ。絶対に参ったなどしない!
 俺を負かそうと思うなら、落とすか、腕を折るかしかないぞ!
 これが大和魂だ!」
とやって、大喝采を受けましたが、その後対戦相手を紹介され、あまりに強そうだったので、おしっこは済ませてから試合に臨むことにしようと思いました。

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(by チンタラ)

ほおっー、そうだったのか!
僕は、単に頚動脈を締め付けて脳虚血になるのだとばかり思っていました。確かに圧受容体反射を利用する方が効果的だろうね。ふむ、ふむ。身体の反射機構を利用した高度なテクだったわけだ。力じゃないね。

おっと、頚動脈圧受容体反射(Carotid Sinus Baroreflex)は、僕の学位論文のテーマなんだった。こんなことも知らないなんて、なんともお恥ずかしい話でんなあ。


内頚動脈洞圧受容体反射(Carotid Sinus Baroreceptor Reflex)は正常な血圧を保つための神経機構の1つです。

体の自律機構が程よい血圧を保つには現在の血圧を知る必要がありますが、そのための血圧センサーの1つが内頚動脈にあります。喉仏の両側にある総頚動脈(いわゆる頚動脈)が、頭の方に向かっていって、まさに顎の下に潜り込んでいく辺りで外頚動脈(頭蓋骨の外側に血液を供給する)と内頚動脈(頭蓋骨の内側担当)とに分かれます。

分かれたばかりのところの内頚動脈は少し径が太くて膨らんだようになっています。この部分を内頚動脈洞と呼び、そのまわりには細い神経が網目状に取り巻いていています。

血圧が高くなって洞がパンと膨らむと網目状の神経が引き伸ばされて盛んに信号を送るようになります。これを受けた脳は「ははあん、血圧がちと高すぎだな」と解釈して、血圧を下げるような司令を出す訳です。具体的には交感神経とか副交感神経をあやつるのです。

さて、平川君がこの内頚動脈洞付近をもみもみすると、網目状の血圧感知神経が刺激されて(実際の血圧が高くもないのに)、脳に信号を送ります。すると脳では、これは「血圧が高い」というふうに解釈されます。そして脳からいろんな信号が出されて血圧を下げるように働いてしまいます。つまり圧受容体反射機構がすっかりだまされてしまう訳です。

この「だまし作戦」は時々不整脈の治療にも使われますが、反射機構そのものがかなり強力なので、へたにだますと患者が失神してしまったりということもあります。

おわかりいただけましたでしょうか?
でも、平川君がこれを読んだら、「生理学をやってる連中はこんなふうに簡単に済ますけど、ホントはそんな単純なもんしゃないんだ。柔道の奥義はもっと深いんだよ。」とか言いそうで、なんか、心配。

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さすがは 畑中教授、よく判る説明でした。

こういった反射は、鍛えれば何とかなる人と、どうにもならない人がいて、落ちやすさという部分も出てきます。

実際、九州山口医科学生柔道大会で2試合続けてそんなに絞められてもいないのに簡単に落ちちゃってピクピク痙攣している選手を見ました。この人は癖になってるんだろうか?
普通は絞め技の練習で、顎を引いて首の筋肉を張るのを繰り返しているうちに、だんだんと落ちにくくなります。

そこで、柔道の奥義というわけではないけど、実際に絞め落とす時にはもう一つ大事な要素が加わってきます。

それは相手を「もうどうにもならないんだ」とか、「あっ、知らないうちにこんな事になっちゃった」といった心理状態に急速に追い込むことです。
この「あっ」とか「うっ」とかいうのが大事です。
それは凄い顔をしてみせるとか、大声を出すとかいうことでやるのではなく、抵抗する相手にあわせて、素早く絞めている手の力加減や角度を変えることで、そんな不安定な心理状態に追い込んでいくのです。
でもあまりに早くそういう状態に追い込むと「参った」をされてしまいます。

こんな心理的駆け引きもあるのは、戦争にも共通していますかね?

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活の入れかたは、
私は落ちた人を坐らせてその後ろに回り、背中に片膝を当てておいて、両上腕を急に上に引き上げます。
この時、「えいっ」などと気合いを入れればなおさら良し。
急速に肺の中に空気が入り、それで心拍出量が増え徐脈も解消するのではないかと思っています。

それで戻らなかったことは今の所ありませんが、大体、少しボ~っとしているふうなので道場の隅に置いておきます。
足を挙げておくとなおよろしい。

試合で落ちた人は審判が息を吹き返させますが、私と同じようにする人もいれば、
「君、君」といいながらほっぺたを叩く人もいます。
練習中は、水をぶっかける所もあるようですが、道場が汚れるのでお勧めではありません。